春、夏、秋、冬。季節ごとに新しい美しさを発見する忍野の自然。

忍野村はその独特な立地条件から、さまざまな植物や昆虫、魚、動物、そして人間が共存している大自然。南西方向には言わずと知れた富士山の裾野が広がり、北側には1597.6mの杓子山、東側には1413.0mの石割山に囲まれた爽やかな高原的な盆地である。中心部の標高で936m。毎年桜の開花も5月初旬頃で、これは北海道の札幌市と同じ頃である。
そして、地図上では桂川(相模川)の源流が山中湖になっているが、忍野八海および忍野村を横切って流れる新名庄川も実質的な源流と言える。この水は鐘山ノ滝を流れ落ち、相模湖、津久井湖をへて、相模川となり、相模湾へと流れていく。実に流程210キロの長流なのである。ちなみに、桂川は日本で3ヶ所しかないスプリングクリーク(湧水源からそのまま川となっている河川)の一つでもある。
このように水が豊富なことから、バイカモやセキショウモ、オランダガラシなど水生植物も多い。また、忍野を流れる川は湧水のため年間を通じて水温が一定となり、魚にとってもその餌となる水棲昆虫にとっても快適な環境を保つことから、海外からもゲストが訪れる、国内では有数のフライフィッシングエリアとしても有名だ。自然のままの小川、じゃりの土手に小さな橋がいくつもかかる。今なおあちらこちらに点在する茅葺屋根の民家。古き良き時代へとタイムスリップ。そんな不思議な場所、忍野村。

忍野の山から富士山と対峙する

二十曲峠

標高1,150m。峠からの景色は素晴らしく、忍野村からの富士山をこよなく愛し撮り続けた写真家・岡田紅陽による「忍野富士」として有名な、富士山の撮影ポイントである。二十曲峠は大出山、大平山、石割山ハイキングコースの終点に位置し、昔から多くのハイカーが行きかう峠だった。名前のとおり、道はまがりくねりが多い。しかし現在は林道が整備されているので、峠までクルマで気軽にドライブして行くことが出来る。

杓子山

【山梨百名山】 1597.6m
県内にある1500以上の山では、富士山からわずか15kmで最も近距離に位置する。山頂には高い木も無いため、吉田大沢を正面にした富士山と一対一で向き合うことができる。そして周りをぐるりと見渡せば、西に白根三山、南アルプス、北には奥秩父の主脈、東には丹沢山系、黒岳と三ツ峠の間からは北アルプスも眺められる大パノラマ。上りが急なので中級者向き。

石割山

【山梨百名山】 1413.0m
山頂の手前に、高さ15mもの巨大な石が、真っ二つに割れている。そこには神社があり、割れ目の中を3回歩いて通り抜けると幸運が開けると言われる。ただし、不浄な人には通り抜けることができないとか。この割れた巨石は天照大神が須佐之男尊の悪事を戒めるために、岩戸の中に隠れて世の中が真っ暗闇になったという有名な伝説の舞台とも言われ、天戸岩(あまといわ)とも呼ばれる。神社から20分ほどで山頂。初級者向き。

鐘山の滝

忍野八海と新名庄川の水が流れ込む二条の美しい滝。秋には紅葉の葉を浮かべ、情緒深い景色となる。落差は約10mほどと決して大きくはないが、桂川の上流付近では唯一の滝。この滝のことは「甲斐国志」にも記述されているが、昔は滝ではなく鐘ガ淵と呼んでいたらしい。淵と呼ばれていただけあって、この滝つぼはかなりの広さと深さがある。そして、滝が流れ落ちる岩はすべて富士山が噴火した時に流れ出てきた溶岩である。

大臼・小臼

名前のとおり、まるで臼のような形をした富士山の寄生火山(側火山)。大臼の方は富士山の噴出したスコリアからなり、噴石丘といわれる。標高は985mあるが、山頂の火口付近でなんと3000年以上前の石器類が発見されている。小臼の方は大臼よりも規模が小さく、噴火孔跡の中に入ることができる。火口は噴石丘の大きさに比べると東西に50mと大きく、小臼からも縄文時代の土器などが多数発見されている。

ドラマチックな忍野八海の形成

忍野村周辺は今から2400万年〜510万年前、広大な海が広がり、海底では激しい海底火山が活動し、厚い海底火山の堆積物を海につもらせていました。500万年位前になると、地下深所にはマグマが上昇してきて、白っぽい石英閃緑岩の深成岩体が貫入し、次第に土地を押し上げ、陸地が広がり、現在の駿河湾から、忍野村、富士吉田市、都留市、大月市、上野原市から神奈川にかけて桂川海峡がつくられました。さらにその後陸地化は進み、忍野村一帯も陸地になりました。今から数十万年前、富士山の下に埋まっている小御岳火山と南の愛鷹山が火山活動をはじめ、つづいて、小御岳火山の南に、8万年くらい前から古富士火山が活動し、数万年の間に大きな古富士火山が作られました。この時の古富士火山の溶岩や火山砂礫が、忍野盆地の基盤、御坂層群の上に厚く堆積し、忍野深層地下水湖の貯留層になっています。この古富士火山活動末期の約2万年前から、新富士火山活動初期の約1万年前の間に旧忍野湖は形成され、約2mに淡水性の珪藻化石を含んだ珪藻粘土層が堆積しました。新富士火山活動初期の溶岩が、今の忍野八海付近に流れ込み、地表の旧忍野湖は次第に消滅し、現在の地下水湖になっています。富士山からの多量の地下水は、新富士火山の透水層の地下水および、古富士火山堆積物の不透水層中の圧力を待っている地下水等が共に湧出し、忍野八海等の水を豊かに供給しています。